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東京地方裁判所 平成11年(モ)16113号 決定

申立人(被告)

新潟県

右代表者病院事業管理者

三島直樹

右代理人弁護士

高橋賢一

相手方(原告)

中澤作市

右四名代理人弁護士

椎名麻紗枝

森川真好

主文

本件移送申立てを却下する。

事実及び理由

第一  申立ての趣旨及び理由等

一  申立ての趣旨

本件を新潟地方裁判所へ移送する。

二  申立ての理由

本件において、相手方らは、申立人が開設、運営、管理する新潟県立十日町病院(以下「被告病院」という。)の医師らが中澤チサト(以下「チサト」という。)に対して左大腿骨人工骨頭置換術(以下「本件手術」という。)を行った際、本件手術担当医師らに過失があったためチサトが死亡したとして被告病院の医師らの過失を主張しているが、申立人はこれを争うため、本件手術を担当した医師らの証人尋問を予定している。これらの証人尋問は、証言内容の専門性から、一人の証人について一期日以上の尋問が必要と見込まれるところ、これら証人は新潟県内に在住している。また、相手方らの本人尋問が行われると予測されるが、相手方ら四名のうち二名が新潟県内に在住している。右の事情を考慮すると、本件は新潟地方裁判所で審理することが便宜であり、東京地方裁判所で審理をすると訴訟に著しい遅滞を招くおそれがあるので、民事訴訟法一七条にいう「訴訟の著しい遅滞を避け」るため移送の必要がある場合に該当する。

三  相手方の意見

本件で医師らが被告とされていないのは本件が国家賠償であることから公務員個人が被告とならないからに過ぎない。そうだとすると、本件手術を行った医師らの証人尋問が必要で、その医師らが新潟県内に在住しているとしても、右医師らは実質的には被告的な立場にある者であるところ、そうした者の便宜を民事訴訟法一七条の移送の判断において考慮することは、民法四八四条(持参債務の原則)及び民事訴訟法五条一号(義務履行地の裁判籍)の趣旨に照らして妥当でない。また相手方らの本人尋問を行うことがあるとしても、その重点は相手方中澤豊の本人尋問にあり、同人は東京都内に在住していること、本件は医療過誤訴訟であるところ、重要な証拠であるカルテなど診療記録の証拠調べについて、新潟地方裁判所で審理すべき必要性はないこと、相手方は鑑定的証人を申請することも考えているが、その証人予定者は東京近郊に在住していること等を考慮すると、新潟地方裁判所で審理するより東京地方裁判所で審理する方が訴訟の遅滞を避けることができる。したがって、本件は、民事訴訟法一七条にいう「訴訟の著しい遅滞を避け」るため必要がある場合には該当するものとはいえず、本件移送の申立ては却下されるべきである。

第二  検討

一  記録によれば、基本事件は、被告病院で本件手術を受けたチサトが手術後に死亡したのは、手術担当医師らに過失があったことが原因であるとして、チサトの相続人である相手方らが申立人に対して損害賠償を請求している医療過誤訴訟である。

二  ところで民事訴訟法一七条は、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができると定め、その際考慮すべき事項として、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を挙げている。同条は、訴訟の遅滞を避けるという公益の維持を図る目的及び当事者の利益の保護を図る目的から定められたものである。このような同条の趣旨に照らし、基本事件について、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るために移送が必要であるかについて検討する。

三1  申立人は、本件手術を担当した医師らに過失がないことを立証するため、本件手術を担当した医師らの証人尋問を予定していること、証言内容が専門的であることから一人の証人尋問に一期日以上必要であることを主張している。

もっとも、右の点が具体的にどのような争点として整理され、どのような証拠調べが必要となるかは、争点整理がどのようにされるかにかかり、現時点では、この点は必ずしも明らかとはいえないが、申立人の主張を一応前提として、手術担当医師らの証人尋問が必要となり、その証言内容が専門的な事項に及ぶとしても、争点整理を的確に実施し、証人尋問が必要な事項を絞り込むことによって尋問時間を短縮することは可能である。当裁判所では、別件において、手術後の救命措置に関与した医師四名の証人尋問を、同一期日において、集中的に実施したことがある。これは、適切な争点整理の成果を踏まえ、当事者双方の訴訟代理人の理解と協力の下に実施できた事例であり、安易に一般化することはできないと思われるが、申立人が主張するように専門的事項を証言する証人について常に長時間の証人尋問が必要になるとは一概にはいえないと考える。新潟在住の証人であるから新潟地方裁判所で審理することが便宜であるという面は否定できないが、右のとおり的確に争点整理を実施することで尋問時間は短縮しうるのであって、本件を東京地方裁判所で審理するとしても、必ずしも訴訟が著しく遅滞するとはいえない。

2  また、申立人は、相手方本人らのうち二名が新潟県内に在住しており、相手方らの本人尋問を実施することの関係でも東京地方裁判所で審理することは訴訟の著しい遅延につながる旨主張するが、相手方本人全員の本人尋問が必要になるとは思われず、さらに、相手方の主張を前提とすれば、相手方らの本人尋問は、東京都内在住の中澤豊本人尋問に重点があるというのであるから、この点では東京地方裁判所で審理した方がむしろ便宜である。仮に、新潟県在住の相手方本人の尋問が必要となるとしても、右にみたとおり、争点整理の適否にかかわるところであって、一概に訴訟が著しく遅滞するとはいえない。

3  さらに、本件訴訟は医療過誤を理由とする損害賠償請求であり、相手方らは、被告病院を開設し、運営、審理している申立人の責任を追及しているのであるが、本件訴訟の性質に鑑みると、相手方らが本件訴訟追行のために支出する金銭はできる限り増大しないよう配慮することが相当であるところ、本件を新潟地方裁判所で審理するとすれば、すでに東京に事務所を有する弁護士を訴訟代理人として選任し訴訟活動を開始している相手方らにとって、費用の点でより負担となることは避けられず、新潟地方裁判所へ移送することは、本件訴訟の性質から望ましくないといわなければならない。加えて、本件訴訟の当事者をみると、相手方らは個人であるのに対し、申立人は医療機関を開設し、運営、管理している地方公共団体であり、当事者の性質に鑑みても相手方らの訴訟追行にかかる費用が増大しないよう配慮するべきなのであって、この点からみても、新潟地方裁判所へ移送することは望ましくない。結局、本件を新潟地方裁判所へ移送するとすれば、当事者間の衡平を損なうものというべきである。

四  以上によれば、本件は、民事訴訟法一七条により、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため、東京地方裁判所から新潟地方裁判所に移送するのが相当な場合であるとはいえず、移送申立てには理由がない。よって主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官加藤新太郎 裁判官足立謙三 裁判官中野琢郎)

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